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『軍学共同の新展開 -問題点を洗い出す-』

『日本の科学者』2016年7月号に企画され特集「軍学共同の新展開 ー 問題点を洗い出す」をここにeマガジンNo.19として公開することにした。この特集の4論文を第1章~第4章に配置し,池内了氏の「巻頭言」を序章,赤井純治氏の「談話室」を終章として一つの冊子とした。

日本国民は,「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し」,戦力を保持せず,国の交戦権を認めない憲法を持つ,世界でもきわめて特殊で例外的な国民である。
戦後70年にわたって,私たち日本国民が,国家行為として他国民を誰一人殺さず,また,誰一人殺されることもなかったのは,この憲法のお陰である。このことは,ベトナム戦争において約5000人の戦死者をだした韓国と対比すれば明らかであろう。
学問の分野においても,戦後発足した日本学術会議は,第6回総会(1950年)において,「戦争を目的とする科学研究には絶対従わない決意の表明(声明)」を出した。そして,第49回総会(1967年)の「軍事目的のための科学研究を行わない声明」において,科学者の意図にかかわらず,研究成果が戦争に活用される危険性があることを各科学者が用心するように要請している。
平和憲法は,日本軍国主義が起こした侵略戦争により,2000万人を超える犠牲者を出した,20世紀のアジアにおける最大の惨禍を深く反省するなかから生まれた。また,日本学術会議の声明も,戦時中,科学者が戦争に協力したことを深く反省して出されたものである。
しかし,安倍政権による武器輸出三原則の見直しや安保法制の強行採決の動きと呼応して,軍学共同の動きが急である。2015年度に3億円で開始された防衛省の安全保障技術研究制度は2016年度には倍増される。日本学術会議会長である大西隆氏の「個別的自衛権の目的にかなう基礎研究は許容されるべきではないか」との発言は,明らかに前述の声明の立場とは異なる。日本学術会議は「安全保障と学術の検討委員会」を設置して,2017年9月までに軍事研究に関する見解をまとめるという。
21世紀の進むべき道は,戦争の否定であるべきだ。軍学共同の動きを止めることを意図して本特集を企画した。
池内了氏は,「防衛にも応用可能な民生技術の積極的活用に努める」として安倍政権のもとで軍学共同が具体的に進行しつつあるなかで,軍学共同が大学の自治や学問の自由を奪うことを指摘し,軍学共同を思いとどまらせるためには,研究者個人の倫理意識だけでなく研究機関の倫理宣言(行動規範)が必要であると訴える。
河村豊氏は,2015年度に始まった防衛省の安全保障技術研究制度をレビューしたうえで問題点を指摘し,さらに「第5期科学技術基本計画」として新たな形で軍学共同が実施されている動きを報告している。
遠藤基郎氏は,軍学共同禁止の原則・慣行を保持してきた東京大学において,2014年以来,その原則が揺らぐ事態の発生に際して東京大学教職員組合による軍事研究禁止の取り組みを詳細に報告している。この報告によれば,「東大が軍事研究解禁」という産経新聞の報道はミスリードであることが明らかである。
豊島耕一氏は,米国の大学における軍学共同の実体と歴史を報告し,軍学共同に反対・抵抗していくには,軍学共同反対の宣言や不参加のみならず「組織上の不服従」,「非暴力直接行動」などさまざまな方法があることを論じている。さらに,大学における科学技術倫理教育の重要性を指摘している。
西川純子氏は,国防高等研究計画局(DARPA)の主導による米国における軍産複合体の成り立ちとその歴史を報告している。同氏は,平和憲法を持つ日本には,米国とは異なる道が可能であり,科学者が市民とともに軍学共同「ノー」を突きつけるほかないと指摘している。
また,赤井純治氏は,「軍事への寄与を目的とする研究を行わない」との研究委員会決定(2015年10月)をした新潟大学の先進例とその前史を記述され,さらにアメリカ,イギリス,ドイツにおける軍学共同の現状やそれに対する闘い(ドイツのCivil Clauses運動など)を紹介している。
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