総合研究大学院にかんする見解

 

 政府は去る2月2日,「国立学校設置法の一部を改正する法律案」を国会へ提出した.これは,さしあたり,統計数理研究所,高エネルギー物理学研究所,岡崎国立共同研究機構,国立遺伝学研究所という四つの国立大学共同利用機関との「緊密な連係及び協力の下に」博士課程のみの大学院を設置し,将来は政令によって,国立民族学博物館をはじめ,その他の国立大学共同利用機関にも同種の大学院をおくことを可能にしようとするものである.

 現在すでに,いくつかの大学に総合研究科が設置され,また連合大学院という新しい形態の大学院も設置されているが,まったく学部も修士課程ももたない大学以外のところに博士課程のみの大学院を設置するのははじめてのことであり,こんごのわが国の研究教育体制のあり方に大きな影響を与えることが予想されるので,総合研究大学院の新設には慎重な検討が必要である.

 第1に,このような大学院は教育機関ということができるのか,という問題がある.国立大学共同利用機関は大学とは異なって特定のテーマによるプロジェクト研究を主としており,これに大学院生が一定の期間参加して研究をおこなうことは有益であり,そういう研究参加は現在もおこなわれているが,大学からまったく独立したこのような総合研究大学院が独自の教育機能をもちうるかどうかはきわめて疑問である.むしろ研究者として完全に自立する以前に,事実上,共同利用機関のプロジェクト研究に完全に従事してしまうことは研究者としての成長を阻害する恐れがある.

 第2に,この大学院は国立大学共同利用機関との関係においてもあいまいさを残している.文部省の説明では,ときには共同利用機関は大学院の「母体」といわれながら,法律上は「緊密な連係及び協力」の関係とされ,具体的には共同利用機関のスタッフが全員大学院のスタッフとなるのではなく,一部のスタッフが別個の組織である大学院に併任されるものと思われる.このことは共同利用機関の内部に格差を生ずる恐れがあり,しかも共同利用機関の教員には教育公務員特例法は完全適用されておらず,不利益処分にかんする条項の適用は除外されているが,総合研究大学院は国立大学であって教特法は完全に適用されるので,共同利用機関と総合研究大学院との双方を担当する教員は教特法上,矛盾した立場におかれることとなるであろう.

 第3に,今回の国立学校設置法改正がもし成立すれば,すでにのべたように,政令によって総合研究大学院を拡大していくことが可能となる.このことはどのような大学院が必要かという判断を政府の恣意にゆだねることになるばかりでなく,学校教育法によって「学術の中心」とされている大学の研究機能を低下させ,大学の機能を教育のみに限定していくこととなるであろう.こういう事態が進行すれば,大学院間の格差もひろがり,日本の学術体制に大きなゆがみを与える恐れがある.

 第4に,このような大学院において大学の自治と研究の自由が守られるのかという問題がある.当初の構想においてはこの大学院には教授会はおかれないことになっていた.その後,各方面からの批判をうけて構想は手直しされ,研究科教授会がおかれることになったが,茨城県,東京都,静岡県,愛知県の4ヵ所に分散している共同研究機関を母体とする大学院の研究科教授会が十分に機能するかどうかはきわめて疑問であり,むしろ,筑波大学の参与会にあたる運営審議会が大きな権限をもつことが予想される.

 以上のような問題点をもつ総合研究大学院の設置にわれわれは賛成することはできない.政府はこの法案をすみやかに撤回し,大学関係者の意向を十分にきき,あらためて長期的展望にたって大学院の真の充実と発展のための計画を作成するよう要望する.

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日本科学者会議大学問題委員会